明治22年1889年 |
- 山形県鶴岡町の私立忠愛小学校で貧困児童を対象に無料で給食を実施。
これが、我が国における学校給食の発祥とされる。
|
|
昭和21年1946年 |
- 12月24日、東京・千葉・神奈川の3都県の学校で試験給食が開始され、
これが給食記念日とされる。
|
昭和22年1947年 |
- 山形県学校衛生会給食事業部として発足し、
事務所を県教育部体育課内におく。
|
昭和26年1948年 |
- 山形県学校給食会として独立し、事務所を県教育委員会事務局学校衛生課内におく。
|
昭和29年1954年 |
|
昭和31年1956年 |
- 財団法人山形県学校給食会として認可され、事務所を県教育庁保健厚生課内におく。
|
昭和51年1976年 |
- 学校給食に米飯が導入され、米飯給食が制度上明確に位置づけられる。
|
昭和54年1979年 |
- 米飯給食の推進を図るため、銘柄米比率を50%まで高めることによって、
より美味しい米飯を供給する事をねらいとした県の事業(山形県米飯推進対策
事業)が始められる。
- 学校給食用物資研究委員会を組織し、物資選定及び物資開発が始められた。
|
昭和56年1981年 |
- 山形県学校給食総合センター建設第1期工事として、冷凍倉庫、低温倉庫、及び車庫が完成する。
- 山形県学校給食総合センター建設第2期工事として、管理棟(本館)が完成し同時に事務所を移転する。
|
昭和57年1982年 |
- 山形県学校給食総合センター建設第3期工事として、常温倉庫が完成し
総合センターの竣立となる。
- 日本学校健康会が設立される。
|
昭和58年1983年 |
- 総合センター食品検査室の活動として、市町村からの依頼検査を開始する。
|
|
昭和59年1984年 |
- コンピュータを導入し、売上・在庫管理部門を始めとする事務処理の
電算化を図る。
|
昭和60年1985年 |
- 全国学校給食総合センター運営協議会の開催県となる。
|
昭和61年1986年 |
- 東日本学校給食研究協議会の開催県となる。
- 日本体育・学校健康センターが設立される。
|
昭和63年1988年 |
- 米需給均衡化緊急対策等に伴って、地元市町村産の良質米を学校給食で
使用できる方策を確立し、希望市町村に対して供給を開始。
|
平成元年1989年 |
- 学校給食100年記念事業が「学校給食発祥の地」鶴岡市で開催され、千葉幕張メッセで「学校給食100周年記念大会」が開催される。
|
|
平成2年1990年 |
- 北日本学校給食麺調理講習会の開催県となる。
- 委託加工工場優良従業員表彰事業を開始する。
- 学校給食情報ネットワーク化事業がスタートし、鶴岡市学校給食センターにパソコンが貸与される。
- 平成2年度北海道・東北ブロック学校給食研究協議会が本県で開催される。
|
平成4年1992年 |
|
平成5年1993年 |
- 総合センター設立10周年を記念し普及充実事業として、バイキング用食器、指導用教材のビデオ、紙芝居、食品モデル等の貸出を開始する。
- 米不足(平成大冷害、作況「74」)。
|
平成6年1994年 |
- 第45回全国学校給食研究協議大会で本会が文部大臣賞を受賞。
- 前年産米の異例の不作により政府米の供給が不可能になるが、関係団体との連携で、県内産の自主流通新米100%米飯学校給食に円滑に供給する。
|
|
平成7年1995年 |
- 阪神・淡路大震災発生する。
- 学校給食ネットワーク化事業、山形県内担当者会議を開催する。
- 健康センター、プロセスチーズ、黄桃缶詰の取り扱いを廃止。
- 東北6県(青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島)での学校給食用物資共同購入委員会発足。
|
平成8年1996年 |
- 大阪府堺市の学校給食で、病原性大腸菌O-157による食中毒にて死亡事故発生。
- 地元市町村産米の供給方式が多賀城式から、自主流通米方式に変更された。
- 健康センター、水産缶詰、干しぶどうの取り扱いを廃止。
|
平成9年1997年 |
- 第38回全国学校栄養職員研究大会が本県で開催される。
- 健康センター、大豆サラダ油、スイートコーン缶詰の取り扱いを廃止。
|
|
平成10年1998年 |
- 東日本学校給食衛生管理講習会が本県で開催される。
- 学校給食用米穀の供給に関して関係7機関の会議が開催される。
|
|
平成11年1999年 |
- 米穀の国庫補助廃止に備え、給食現場に混乱をきたさぬように県教育委員会その他、関係機関と協議を重ね準備を進めた。
- 健康センター、トマトケチャップ、精麦の取り扱いを廃止、これをもって承認物資は全品廃止となる。
|
|
平成12年2000年 |
- 米穀に対する国庫補助が廃止となり、米飯給食は全県下、自主流通米に切り替え、41市町村で地元産米の供給を実施した。
- 学校給食用牛乳供給事業に入札制限が導入される。
- 北海道、新潟が参加して、8道県による北海道・東北ブロック学校給食用物資共同購入委員会が発足した。
- 学校給食栄養管理ソフトを開発して、市町村、栄養士に斡旋を開始した。
|
|
平成13年2001年 |
- 第13回全国生涯学習フェスティバル学びピア山形2001に参加し、学校給食発祥の地として、給食の歴史、県産品、郷土食の展示・試食などを行い学校給食のPRに努めた。
- 牛海綿状脳症(BSE)に感染した牛が発見される。
|
|
平成14年2002年 |
- 無認可添加物、残留農薬、産地偽装、無登録農薬等の食品に関する問題が多発する。
- 安全な牛肉の取り扱いが望まれ、「県産和牛」(黒毛和種)の開発、供給開始。
- 学校給食用パンによる、小型球形ウィルス(SRSV)による食中毒が複数の県で発生し、「日本体育・学校健康センターによる学校給食における食中毒防止緊急対策会議」が開催される。
- 県産麦をブレンドしたパン、ソフト麺、中華麺の開発を行い、平成15年度より供給開始。
- 山形県学校給食総合センター設立20周年記念式典が開催される。
- 20周年記念普及充実事業として冷凍庫の無償貸与(17台)を実施、「朝食指導用食品モデル」や「年代別給食献立モデル」、並びに「教材モデル(原寸大)」の貸出事業を平成15年度より開始。
|
平成15年2003年 |
- 天候不順(低温・日照不足)により、10年ぶりの不作となり自主流通米価格が高騰するが、学校給食用物資の安定供給の使命から「価格調整金積立金」を活用し、最小限の値上げにおさえ安定供給に努める。
- 県産麦をブレンドしたパン、ソフト麺、中華麺の供給を開始する。
- 学校給食指導用教材「年代別献立モデル」「教材モデル(原寸大)」の貸出事業を開始し、学校給食関係者より好評をいただく。
|
|
平成16年2004年 |
- 新潟・中越地震発生する。
- 県産品(地消地産)の取組みとして鶴岡産だだちゃ豆を使用した「だだちゃ豆コロッケ」の開発・供給開始。
|
|
平成17年2005年 |
|
平成18年2006年 |
|
平成19年2007年 |
- 山形県産小麦粉「ゆきちから」を使用した焼きそばを一部市町村供給開始。
- 財団法人設立50年を迎える。
記念事業として県学校栄養教諭・学校給食栄養士会のご協力をいただき「山形県の特産物および郷土食」クリアーホルダーを作成し、県内の小・中・特殊学校の全児童・生徒、教職員および学校給食関係者に配布する。
|
|
平成20年2008年 |
- 山形県産米を使用した米粉パンを9月より供給開始。
- 学校給食指導用教材食品モデルに、原寸大教材モデル(山形県魚サクラマス)と指導用食品モデル(野菜摂取指導・野菜の加熱前後の変化モデル・実物大の野菜モデル)を追加する。
|
|
平成21年2009年 |
- 県産品(地消地産)の取組みとして川西町産紅大豆を使用した「紅大豆入りコロッケ」の開発・供給開始。
- 山形県産米を使用したソフト麺・中華麺を10月より供給開始。
|
平成22年2010年 |
|
|
平成23年2011年 |
- 3月11日 14時46分 三陸沖を震源とする「東日本大震災」発生する。
- 山形県内3市に開設された被災者の避難施設に対して、3月17日から約16,000食の学校給食用パンと2,000個の柑橘類の無償提供を行なった。
- 災害等非常時でも冷凍倉庫等の温度管理を維持できるように、自家発電装置を8月に設置する。
- 山形県産米を使用した米粉入りナンの供給を9月から開始する。
- 本会食品検査室に放射能測定機器を12月に導入し測定を開始する。
|
平成24年2012年 |
- 4月1日 公益法人制度改革に伴い「一般財団法人 山形県学校給食会」に名称変更する。
|
平成29年2017年 |
- 山形県産麦ゆきちからを使用した県産麦ゆきちからパンの供給を9月から開始する。
|
平成30年2018年 |
- 4月1日 「公益財団法人 山形県学校給食会」に名称変更する。
|